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20140927-1
秋の空気に浸ったせいか、散歩ついでに栗拾いをしていたら
「真実の栗の実」という言葉がやってきたので、
秋らしく、詩、のようなものを。

ーーーーーーーーー
今朝の散歩では23個
今夕の散歩では18個
栗の実拾い、真実の栗の実
拾ってる先から、ぼたりぼたりと
黄金の茶色、青さ残る栗のいが

いがを足で むくようにして踏んづけ、
顔を出す光る栗、心満たす茶の黄金
すぐに茹でて、家族のおやつ
「こんなにうまいものはない」
深く深く、真実の味わい

私が生まれてきた山から、そしていずれ還ってゆく山から
真実がひとつ、またひとつ
私は栗、栗は私、真実の巡り

人の世で争いは尽きないが
身の回りで悲しみや寂しさは尽きないが
どうなっても、どうあっても
私が還る、私を確かめる
真実の栗の実

こんなにも困難な時代だが、
そんなにも狂気の欲望渦巻く世の中だが、

ここには
真実の栗の実
またひとつ真実の落ちるこの山の道

私のありかを見定める
私が立っている場所を確かめる
私のゆく場所を確信する

真実の栗の実
悲しみの真実の実
ありがたさの真実の実

どこにもないようでいて
ここそこにある真実
すべては幻で それもまた真実
真実の栗の実 またひとつ


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2014.07.23 美しい床
20140723
我が家の杉板の床に朝日がさしこんで、
とても美しく見えました。

走ったり、汚れた靴下で歩いたり
猫が泥を付けてきたり、ジュースをこぼしたり
昼寝したり、怒ったり、泣いたり
布団を敷いたり、あげたり、
落書きされたり、モノを落としたり、
大勢で飲み会したり、
時にはエゴマ油で磨いたり……、

ひとつひとつの暮らしの積み重なりが、
この床の輝きに投影されているようで、
とてもとてもいとおしくなりました。

町内の山で自伐し、製材所で柱などの構造材を挽いていただき、
主に残りの部分からとった1寸3分(40mm)厚の杉板です。
近隣の木材会社で本実加工していただき、
私が張りました。
冬は乾燥して、板と板の隙間が広がります。
特に薪ストーブの前。
夏は湿り気を得て、隙間が狭くなります。

これからの暮らしがさらに積み重なり、
どんな味わいを醸し出してくれるでしょうか。
楽しみです。
いつもの場所に
銀竜草がお目見えです。
脇にあるで若葉は、コナラの実生です。
2014-5-26-2

雨の夕暮れ、雨の音をひさびさにじっくり聞いて
しみじみとしたことでした。
画像は、しとしとと降り始め、ぬれ始めた新緑です。
居間からの風景です。
2014-5-26-1
雨の音、ケラのドラミングの音、フクロウの鳴き声…
昨日はエゾハルゼミが鳴き始めました。
見るものは、目を凝らして、
聞くものは、耳を澄ませて、と言いますが、
今日は、耳を凝らして聞くという感じがぴったりのように感じました。
雪融け直後の、草草が萌える直前の風景にも
一興、趣深いものがあります。
積雪時の真っ白のモノトーンの世界、そして萌えはじめれば鮮やかな萌の世界…。
その狭間のこの瞬間は大変殺風景ですが、
その殺風景さそのものが、この時期独特の味わいであるようにも思います。
2014-4-22-3
こちらは、モグラ?か野ネズミ?が雪の下で活動していた跡です。
掘りながら、わずかな枯草を食べているようでもあります。

2014-4-22-2
コナラのドングリがが外殻を割って、根を出し始めました。

2014-4-22-1
家のまわりの雪も北側にわずかに残すのみとなりました。
赤く塗ったあたりまで、積雪はありました。
20140417-3
我が家の風呂と給湯は、
すべてウッドボイラーという
薪を燃やすボイラーです。
燃料の木材は、無料でいただいた廃材を
ボイラーに入る長さ(80cm)にチェンソーで刻んだものを使っています。
つまり燃料費はチェンソーの燃料分だけということになります。

20140417-2
毎日夕方に火をいれます。1回きりです。
真冬でも夕方に1回です。
夏場であれば、翌日の夕方の火を入れる直前でもあったかいシャワーを浴びることができます。
真冬でも翌日夕方になんとかお湯を使えることもあります。

今日の夕方は、焚く前で30度あったので、焚く木材の量は下の画像の分で足りそうです。
軽く二抱えといったところです。
20140417-1
大変重宝しています。
このこのウッドボイラーはエーテーオーというメーカーのものです。

20140417-4
春の夕日の中、今日もボイラーに火が入り、煙がたなびきます。
冬の雪の散歩の様子の動画です。

2014.01.28 光の春
2014-1-28-4
毎冬、この雪上の樹影は、なんとも美しくて
ついついカメラを向けることになります。

2014-1-28-3
樹影が美しい分、日の光のありがたみをおおいに感じます。

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谷間だとこんな感じ。

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南に掃出し窓のある居間に差し込む光も暖かです。

まだ立春まえですが、光の春を感じます。
昨年に続き、MJ(MJgreenmountainというミュージシャン)とひろこさん家族が新しい命を連れて、
拙宅を訪ねてくれました。
ひろこさんの実家が仙台なので、年末年始の帰省の折に立ち寄ってくれました。
赤ちゃんの名前は「マラマ」ちゃん。
お二人が出会ったニュージーランドのマオリの言葉で「満月」だそうです。
マラマちゃんが来て、円はすっかりばあちゃん状態でしたが、
うちの子どもたちが使っていた桶のおまる、通称「黒ウサギ」(岩手の友人で南部桶正の奥畑さん作/うちの浴槽も彼に依頼して作っていただきました)が話題になって、
マラマちゃんに使って頂くことになりました。アメリカにもっていってもらいました。
よかったよかった。
2014-1-15-4
この黒ウサギは、柿渋で仕上げてあります。アンヨがのる台座の部分は分解することができます。
桶の胴を締めてあるタガは真鍮です。世界に2つしかありません。
2014-1-15-3

お茶に造詣が深いMJが、持参の道具でプーアール茶をご馳走してくれました。
2014-1-15-1

いま拙宅まわりの積雪状態はこんな感じ。1メートル以上あります。
2014-1-15-5

MJの音楽はこんな感じ。
2014-1-2-1
元旦の初日です。
玄関前からのショットで、
初日に丁寧に礼拝し、これをもって我が家の初詣とすることにしました。

神社仏閣でもいいのですが、あの大人数が押し寄せては、
願い事をいちいち聞くのも大変だろうと思ってしまったりするへそ曲がりです。
個人個人の願いが個にとどまらず、人類社会の平和を願うものであればとも思います。


最近は年始の挨拶しては
「あけましておめでとう」はあまり使わずに、「賀春」(春を喜ぶ)程度にしてました。
営々と営まれるいのちの、自然の巡りは確かにありがたいのですが、
なかなか呑気に「おめでとう」と言えるような、私達人間のありさまではないような気がしていたからです。
だけどやっぱりおめでたいとも思いますけどね。
ただの屁理屈かもしれません。

というわけで、以下に、
これから印刷に回し、投函する年賀の版下画像をアップいたします。
2014-1-2-4

例年以上に積雪が多く、大晦日は2つある薪小屋の屋根の雪下ろしをしました。
小3の息子の背丈以上に積雪がありました。
2014-1-2-3

元旦を家で迎え、家内の仙台の実家に向かう道すがらは虹に出会いました。
帰りに白石で買い物によったら、
尊敬する太鼓仲間の半田さん、南部さんの「幻創」の初売り演奏があり、これまたラッキー。
嬉しい再会と演奏でした。
2014-1-2-2

今年もどうぞよろしくお願いします。
20131019-2
小水力発電実験のために
山からひいてある水道の点検をしていたら、
スズメバチに刺されてしまいました。
それなりの痛みと腫れはありましたが、
お蔭様でアナフィラキシーショックにはなりませんでした。
刺された箇所を絞るようにして毒出しをし、そのあとビワの種の焼酎漬を塗り、その後湿布薬で湿布しました。

これまでも、何回も刺されたことがありますが、
いつもは、この辺りでカメバチと呼ばれているキイロスズメバチです。
今回は、なんかいつもより少し大きいなと思っていました。

二日連続で刺されたので、これでは仕事にならないと思い、
スプレー式の駆除剤をたっぷり巣にかけ、
おまけにスリングショット(いわゆるパチンコ)で、遠距離から、何発も石をお見舞いし
見えてる部分の巣を破壊しました。

今朝行ってみると、まだ飛び立つのがたまにいるものの、かなりおとなしくなったようなので、
殲滅しなくとも大丈夫のようです。

近くにあった死骸をよく観察し、写真に撮り、帰宅してからいろいろ調べてみると、
今回のはオオスズメバチだったようで、
今頃ですが、ちょっとびっくりしたところです。
この辺りでは、この種類は一寸蜂と呼んでいます。

今回は事なきを得ましたが、だからといって「俺は蜂に強いんだ」と過信することなく、
気を付けたいものです。

彼らを目の敵にするつもりは毛頭ありませんが、刺されるのはノーサンキューです。
お互いの暮らしに不都合ないように気を付けたいものです。
クワバラクワバラ。

それにしても、こうしてまじまじと拝顔すると、やっぱり強そうですね、仮面ライダーそのものです。

20131019-5
20131019-4
山暮らしにおいて、主なライフラインは
自前だったり、そうでなくともセルフで修理することが多いのではないでしょうか。
水道、暖房の薪、ガス(これもバイオガスで自前している方もいます)……。
ある意味、それが醍醐味だともいえます。
今回は、我が家の給湯系に不具合が出てしまいました。
配管を思いだして、図を書き、
症状を思い起こし、なにが原因なのか、じっくり考えました。
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自慢のウッドボイラーの配管をばらして、主にバルブを点検しました。
エアコンプレッサーで掃除し、組みなおしました。
20131008-1

前よりは良くなったものの、やはり上手くいきません。
でも、これで原因がはっきりしました。
ミキシングバルブの交換が必要なようなので、発注しまた組み直しです。

部品が届き交換が完了するまでは、少し不便な給湯生活が続きそうです。
この少しの不便さも、ある意味山暮らしの醍醐味です。
キリギリスな佐藤家は、今頃薪割をしています。
炭窯2基が交互に連続稼働中のためか、
酷使した鉞(まさかり)の柄にひびが入り、
急遽薪に集めておいた原木の中にあったイタヤカエデで新しい柄を作り挿げ替えました。
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チェンソーで荒どりして、あとは電気カンナで成型しました。

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3分の2くらいは割り終わったでしょうか。手前にある塊は、どうにも木の繊維がもめていて割るのを諦めたものです。これらはチェンソーで挽き割りします。

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これで、長さ3メートル高さ2メートルくらいのが3列くらい、だいたい2か月分くらいかな。

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秋の夕日の中、いつもの息子と犬たちとの散歩。
いつも心が温かくなるアングルです。
幸せを感じる貴重な時間です。
2013.08.12 太鼓のこと


私たちは、七ヶ宿で暮らし始めて間もなく、地元の太鼓グループに混ぜてもらい、
時折演奏をしています。
週に1度くらいのペースで練習しています。
ここ峠田地区の壮年の方々(今は70後半の方々)が、
昭和61年、一年発起して始めた太鼓グループで、
当時は新宿西口に行って演奏したこともあるそうです。
いわゆる、伝承されている古い太鼓ではなく、創作太鼓ですが、
名に「保存会」とあるように、心意気はそのうち伝承となることを願っての始まりだったようです。
七ヶ宿での山暮らしが始まってまもなく、家内と二人で夜に買い物に出かけた折、
集落の中を車で通ると、太鼓の音が聞こえてきました。
二人して即決で「混ぜていただこう!」と、わりと気楽な気持ちでメンバーに加わることになりました。
この「山中七ヶ宿太鼓保存会」にいくらか若いメンバーが加わり、
現在の「山中七ヶ宿太鼓保存会源流」に至っています。
現在はどういうわけか、私が代表を務めています。
爺ちゃんたちの演奏は、決してうまいとは言えなかったのですが、
長年山で暮らしてきたその生き様が味となったのか、
なんとも味わいのある演奏で、そこにほれ込んだものでした。
そんな私たちも年をとってきて、結構太鼓の演奏自体がハードになってきたりしていますが、
太鼓の前にたつと、そんな気持ちも吹き飛びます。
いい加減に叩くわけにはいかなくなってしまうのです。
練習は少ないので、技術的には?ですが、
日々の暮らしが練習であると、練習不足の言い訳にして、
伝統になるまで、なんとか続けていければと願っています。
2013-05-08-1
ようやく咲いた山桜

ぎっくり腰を4月半ばにしてしまって回復したかと思いきや、またぶり返したり、腰をかばって膝が痛くなったりで、パソコンにまともに向かえない日がしばらく続きました。
炭もほとんど焼けず、在庫もなくなり、注文を待っていただいているお得意さん、お客さんに迷惑をかけっぱなしです。誠に申し訳ありません。
いつも懇意にしている気功治療の先生に電話をして遠隔治療を施してもらっていましたが、私が性懲りもなく貧乏根性を発揮して、少し無理をして動いてしまって、いうことをきかない状態のこともあったりで、少し回復に時間がかかっていました。苦しむ私の姿に家内がたまりかねて、以前娘も診てもらったことのあるりふ接骨院に、長距離を飛ばして診察していただきに行きました。お蔭様で、痛みもやわらぎ、と同時に深く考えさせられたことが多々あったので、久しぶりにパソコンにじっくり向かい、自分の覚書にもと、書き記しています。
ある程度、予想はしていたものの、私のからだは悲鳴を上げている状態だったようです。「限界を超えていましたね」と接骨院の先生に言われたほどです。我慢に我慢を重ね、身体が猛烈にこわばり、動けた腰に負担が一挙にのしかかったということでした。1時間半も時間をかけてもみほぐしていただきました。こわばりが強烈な分、ほぐす施術は悲鳴ものの痛みでした!

帰りの車中で、このことを発端に自分自身のこれまでの生き方、仕事の仕方、これからの心のもちようなどについて、長々と家内と話をしました。

身体がこわばるということは、心もこわばっている…、心身一如…、しなやかでない身体にはしなやかな心が宿らない…、身体が硬いということは、心も硬い、頑なだということ…、いろいろこれまでの自分自身を思い起こしてみると、思い当たることばかりでした。硬いのは強さではなくて、実は脆さ、建築でいえばしなやかに動けたつくり(日本の伝統構法)のほうが、強い地震にも対応できる、がっちり固めた建築は、ある程度の強さには強いかもしれないが、ある程度以上は大変脆い…。柔らかいからこその強さ、柔よく剛を制す…。
おそらくは、心が先でも体が先でもなく…、心身一如、不可分なもの……。

ある程度うまく身体を使えるようになったと思っていた木割の時のからだのさばき方も、実は全体を固めて強くしていただけのことかもしれない…、できたと思う驕り、そこからくる傲慢さ、その傲慢が導く鈍感さ、だからからだの悲鳴を聞くことができない…、いのちを語りながら、いのちを信じていない高慢さ……、

反省しきりともいえますが、妙に晴々した感もあり、です。反省しきりだけとなると、ある意味、それはこれまでの頑なさと同じ有り様かもしれません、そう思えただけでも丸かな…。

こんな状態とシンクロするように、「エゴスキュー」という体のほぐし方との出会いもありました。腰をかばって膝に痛みが出始めた数日前、家内の実妹の結婚のお祝いの宴席で、ご無沙汰していた義理の叔父(現代の名工に選ばれている南部杜氏)と御一緒し、2次会の席でこの体操のことを教えて頂く機会に恵まれました。義叔父は80ですがまだまだ現役の杜氏さんで、酒の仕込みに千葉に赴く際は現在も7時間自分で車を運転していっているそうです。

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(2008/03/01)
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まだ参考書を購入して読み始めたばかりですが、ざっくり言えば筋肉に本来の正しい動きを思い出させることで骨や関節のゆがみを直すということのようです。
炭焼できるまで復調はまだまだしていませんが、なにか少し先に明るいものが見えたような気がしています。

私にとっては、これまでもそしてこれからもおそらくご縁は続く気功治療も、今回の接骨院も、エゴスキューも、全部丸だと思えるし、相矛盾するものとも思えません。
ある意味、退化させられ、騙され続け、汚染され続け、自ら汚染し続け、どんどんどんどん、いのちが弱っていく感ますます強き、私たち人類の有り様ですが、すべて同じいのちで、やっぱりすべて丸であって、どんなに曇っても曇らされても、そこにこそ光はあるような気がしてなりません。

2013-05-08-2
いきなりほぐすと逆に腫れあがるということで、若干ゆるめにほぐしていただき、炎症取り湿布。
マンサクが咲きました。
2013-3-22

沢音が日に日に高くなって、雪融けが進んでいます。
動画を撮りました。
早春の音風景と題してみました。
詩も書いてみました。
家族4人の名前を入れ込みました。
詩と合わせて、動画をご覧ください。


雪融けすすむ 雪消え、水流る
沢音高く、日に日に高く さらに高く
大きいけど 心地よい なんとも楽しい 心躍るよ 沢音高く
雪融けすすめ 流れ流れて、海原へ そして彼の地で天へと上る
早春の冷えた朝、流れた跡に霜柱 はたまた薄氷の水溜り
踏んでザクザク 割ってザクザク 歩くよザクザク
残雪歩けば これまたザクザク
さらに冷えれば 雪渡りサクサク
ザクザク ザクザク サクサク サクサク 歩くよ早春
奏でよ早春 響くよ早春
崖近く 沢音の方へ さらに近く近く 沢音の根の方へ
突然、ひときわ高く澄んだ大音量 流れる流れる雪融けの沢
奏でる奏でる雪融けの音 響くよ響けよ早春の青い空
春の光 円き光
雪融けの流れキラキラキラキラ
円き光 遍く照らす 遍く降り注ぐ
胸奥にともる灯り 家族思う灯り
大丈夫、大丈夫
何があっても大丈夫 大丈夫ないのちの世界
頭の奥でなく 胸の奥
心の奥でもない 胸の奥

2013 早春
2012-12-28-4

スキー場の駐車場の直前から分岐して山奥へ続く未舗装路の町道を500mほどのところに我が家があります。
我が家からスキー場へはほぼ全て下りになります。
町の除雪担当の方はプロフェッショナルなので、除雪したバーン状の雪道は、とろとろのいい道になり
雪がない時よりもなめらかになります。
おまけに、我が家より奥へはまず人が来なくなるので、絶好のそりゲレンデになります。
長いので、かなりのスピードが出ます!最高です!
グーグルアースで見てみると、そりゲレンデは延長400mはありそうです。


2012-12-28-2
「行きはよいよい帰りはこわい」で、当然帰りの歩く距離は長くなります。

2012-12-28-3
赤いところが、プライベートそりゲレンデです!
2012.12.11 薪運び
2012-12-11-1
うちのストーブ用の薪は、母屋から少し離れた薪小屋に収納しています。
ストーブは毎日焚いているので、薪はストーブの横に一日焚く分くらいを夕方に運びますが、
いちいち薪小屋から何往復もコンテナに入れた薪を手で運ぶのはつらいので、
南向きの濡れ縁に1~2週間分をまとめて運んで積んでおき、
そこから毎夕方、ストーブ脇に運び入れています。

2012-12-11-2
薪小屋から仮置き場の濡れ縁までは、
炭の原木の搬出に使っている運搬車で運んでいます。
1台で1週間分くらいです。

濡れ縁に積むのは家内との共同作業になります。
家内が濡れ縁に立って、私が運搬車の薪を手渡していきます。
この冬も、1~2週間に一度、この作業が続きます。
薪に感謝、樹木に感謝。

詩のようなものを少し--------------------------------------------

薪の熱、炎の熱
薪の熱、太陽の熱
樹木が光合成によって蓄えた太陽の熱
いのちは、ひとつに熱である
薪の暖かさ、炎の暖かさ、太陽の暖かさ
いのちとは、ひとつに暖かさである

薪の重さ、炎のおもさ
木を伐って暖まり、運んで暖まり、玉切りして暖まり、割って暖まり、運んで暖まる
そして、炎で癒され暖まる
何度も何度も暖まる、わたしのいのち
何度も何度も暖められる わたしのからだ
いのちとは、ひとつに重さである

めぐる熱、めぐる暖かさ、めぐりくる重さ

重さを、熱を、太陽を感じよ
重さに、熱に、太陽に、樹木に感謝
2012-11-27-2
今日は仕事がまだ少し残っていたので、
夜にも炭窯で作業をしました。
まだ強い風も残っていて、雪も混ざっていて
厳しい寒さでした。
月は明るいようで、曇り空ながら、
というか、曇りで雲全体が白くなり、
さらに、地面の雪の白さの反射もあってか、
かなり明るい夜です。
画像でも、樹影が少し見えると思います。
雪の夜の炭窯の裸電球の明かりが、なんとも美しかったです。

2012-11-27-3
家に戻ると、息子が家内に絵本を読んでもらってるところでした。
もう何年と続いている、就寝前の光景です。
外が寒いだけに、中の薪ストーブの暖かさだけでなく、
家の明かりや、家族の営みそのものに、暖かさを感じます。
心に沁みこんでいくようです。
気持ちが暖かくなりました。
2012-11-14-4
家庭菜園程度の、わが畑にも大根は見事に育っているのですが、
いつもこの季節になると、
「大根、白菜あっか(あるか)?軽トラックでとりさこ(取りに来い)」とご近所さんから電話があります。
放射能の濃度は、土のベクレルからいって大丈夫そうなのでいただいてきていて、
積雪前に貯蔵しておかないとということで、炭焼きの仕事の合間を縫って作業しました。
ありがたいばっかりです。いつもいつも恵まれ過ぎていると思っています。

2012-11-14-2
我が家には床と壁がコンクリートの床下貯蔵庫があります。
貯蔵庫の中に敷き詰めたもみ殻の中に野菜を入れておくと、春まで食べられます。
時間が経つと甘みがまして、おいしくもなります。

2012-11-14-1
この貯蔵庫は新築時に最初から計画して作ったわけではなかったのですが、
風呂周りの壁と勝手口の基礎のコンクリートの打設をしたおりに、
思いの外、深い空間ができたので、これを生かさない手はないと、
本実加工の杉板で上部を塞ぐようにして、
取り外しできるように作りました。
普段は下足場になっています。

2012-11-14-3
こちらはキャベツを新聞紙にくるんでの貯蔵。他にも人参、白菜を貯蔵庫にしまいました。
2012‐11-2-1

今朝は風が強く、樹木は紅葉の葉をたくさん落としました。
その美しさを堪能して下さい。

今から、12月くらいまでは、時雨れる日が続きます。
そのうち白くなることでしょう。

2012‐11-2-2

2012‐11-2-2

空を舞う落ち葉も美しいものです。
今日は強風でしたが、
微風、あるいは無風の時の葉が落ちる様も実に美しいです。
葉の形によっては、くるくる回りながら落ちます。遥か高い空を舞うものもあります。
そのひとつを目で追っていくと、かなりの距離を旅していることもわかります。

空の落ち葉模様も、1分ほどの動画にしてみました。
よろしければご覧下さい。


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