上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
20140914-2
もう何回目でしょうか。
息子の基地づくりが始まりました。
10歳前後の男の子にとって、
基地づくりという行為は、精神発達上、大変重要なことだと聞いたことがあります。
私も何回か、やった記憶があります。

うちには風呂焚き用にと、もらっておいた木製のパレットや廃材があったりするので、
材料には不自由しません。
3歳の誕生日に小さい鉈をわたしてありますし、6歳の時には小さいノコギリを贈ってあります。
すでにマイ鉈、マイノコがあるわけです。その鉈づかいはなかなかのものです。
けがはまずしません。

面と面を釘で打ち付けていく建築方式のものですが、
一段落すると、「お父さん、葉っぱついた枝とかない?」と言うので、
炭窯の近くにあった栗の枝葉を彼の希望する分、鉈で落としてあげました。
すると、始まったのが、上の画像です。
どうするのかと見ていたら、壁にその枝葉をさらに細かくして、覆い始めたのでした。
これは、いかにも昔の炭焼の居小屋の風貌です。
本式には、笹の葉で、屋根から壁から葺くのですが…。
教えずとも、彼がそのようにしたことに深く感じ入りました。
そして、この子の父親でほんとによかったなあと、思わず泣けてきてしまいました。

その後、彼が欲する材料があって、道具を格納してある小屋にいったら、
私が20過ぎの頃購入して、その後ほったらかしで、激しく錆びた細身の鉈が目に入りました。
こみ上げてきた想いも手伝って、今度はそれを彼に渡すことにしました。
グラインダーであらまし錆を落とし、砥石で研ぎ、鉈ざやも急遽こしらえてあげました。
彼が大満足だったのは言うまでもありません。

その後作業をこっそり見ていると、ほぼ完成したと思われる頃になって、
丸太を台にして、木切れや草を、新たに贈られた鉈で、
その切れ味を確かめるように、とんとん刻み始めました。
どんだけ切れるか、どのように切れるか、正しく男の子をしているなあと、ほくそ笑みました。
なにか、大事なものをひとつ、しっかりと彼に伝えられたような気がした夕方でした。

20140914-1
こちらは、久しぶりに原木の伐採現場についてきて、
腰にさげた小鉈で、枝の先を尖らせることに興じている様子です。
スポンサーサイト
2014.05.11 母の日に
母の日、くるみラジオフェスに出かけました。
たくさんのご縁をいただき、大変楽しい時間を過ごすことができました。

今日お会いすることのできた「森と風のがっこう」の吉成さんは
宮沢賢治さんが大好きということで、賢治は法華信者でもあり、
そこから、連想されたのかなんなのか、
出かけた話とは関係ないですが、
母の日ということで
むか〜〜し、サイトにアップしていた
母宛に書いた詩(詩を書いたのは1989年)の記事(記事を書いたのは2002年)が出てきましたので、再掲します。
詩を書いたのは、私がたった1年で教員を辞めた翌年で、半分勘当されていた時のことです。
読み返してみると、
奇しくも、現在妻が数えで46なわけで、その年と同じ母に送ったことになり、
そう考えると、なんとも時の流れの早さを感じたりします。

以下コピペーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
02/02/10夜 創価学会員のSさんが、こんどは奥さんと隣の白石市の学会員さんを伴って再訪問。ひとしきり、それぞれの学会入信の成りゆきやお題目を唱えるといかに素晴らしい力が出てくるなどをお聞きした後、私なりに、はっきりと入る気は全く無いことをお伝えする。話も佳境に入った頃、Sさんの奥さんに「批判されてしまったけれども……」と言われてしまった。こちらは、批判するつもりなどは全く無く、できるだけ相手を傷つけないようにと配慮して話したつもりが、「批判」にとられてしまって、「そういうふうに感じさせてしまったのは私の未熟さですね」と応えておいた。こころの中にいかに「和」を持って応じられるか、よい修行である。批判と事実は混同されやすいということはあるが、認識の違いをはっきり聞き取ろうと、話しに集中していた力が、相手に刺さるように行ってしまったのかなと、少し反省する。
それにしても、今回のお話で、つくづく日蓮さんの強さ、激しさを感じたことだった。創価学会の活動にしても、それに入信している方にしても、不惜身命で、勇猛果敢に法華経による世直しを願った日蓮のすさまじさを感じずにはおられない。その日蓮さんの持つエネルギーは、脈々と現代まで、なんらかの形で人々に働きかけているということを、今さらながらに感じたことだった。

不思議と記憶が全くないのだが、私は2歳と3歳の時に2回、腸重積という病を患い、何件か病院をたらい回しにされたということがあり、その時に母は藁をもつかむような気持ちで創価学会に入信したという経緯があり、そんなわけで、子どもの頃から、母が唱える「南妙法蓮華経」をまるで音楽を聞くように耳にしていた。私が教師を辞めた直後、そんな母に送った拙い詩を転記することにする。

母のうた
あなたは 朝に夕に 南無妙法蓮華経と繰り返す
仏壇の前に正座して 手には数珠をかけ 合掌 眼をあつくして
疲れきったその声で かすれがすれの祈りの声で
それはあなたの子であるわたくしが 幼い頃に腸を患った時以来
毎日毎日 究極の祈りの声で
あなたは 南無妙法蓮華経と繰り返す
朝には家族の無事を祈り 夕には生かされてあることに感謝して
かつてわたくしは あなたの思い通りに生きているわけではないといって
あなたを泣かせたことが幾度かあった
しかし わたくしが生きていくのは 金のためでも 安定した暮らしのためでも
世間体のためでも あなたのためでさえもなく
わたくしがわたくしであるために 生きていくのだということを
すでに知ってしまったわたくしは ただ涙を流すしかなかった
そんなわたくしを おそらくあなたは 南無妙法蓮華経と繰り返しながら 憎みもしたろう
だからこそわたくしも あなたの涙に 南無妙法蓮華経と繰り返す
あなたのひびわれた親指に あなたの青白いふくらはぎに あなたのやつれた背中に
あなたの究極の祈りの声に 南無妙法蓮華経と繰り返す
母の46度目の誕生日に(1989/11/22)
2013-6-23-1
ここいらではその尾っぽのせわしない動かし方から
イシタタキと呼ばれているキセキレイが、
炭窯の小屋の一角に巣を作り産卵しました。
もうひと月前くらいのことです。
その後数日で卵は孵り、
親鳥がひっきりなしに餌を運んでいました。
私が炭窯に仕事をしにいくと、
親鳥はどこかへ行ってしまって、なかなかもどってこなくなります。
わりと低い場所だったので、息子が毎日のように写真を撮って観察し始めました。
「おれ毎日写真撮ってみる」
2013-6-23-4
近寄ると、雛は親鳥と勘違いして、いっせいに餌をねだって口を大きく開けます。

2013-6-23-3
イシタタキは我が家の周りにはおそらく数家族が生息していていると思います。
今は高校生の娘が保育所だった頃も、
林業の運材用トラックのキャビン後ろの梯子のところに営巣して産卵し、
毎日のように娘が観察していたことがありました。
伐採現場から、市場に運ぶためのトラックに積み替える場所までの往復に使っていたトラックです。
その積み替える場所は昔の我が家の目の前だったので、家内が娘を連れて見せてあげていました。
時にはその運転手さんに抱っこされて観察していました。
トラックも仕事で近くの伐採現場に行き来するわけですが、
行っている間は親鳥が餌を与えることができないので、
そのトラックが定位置に戻って来ると、
心優しい運転手さんは時間をわざとゆっくりとってやってたのでした。

その後もう10年以上にわたって、我が家が近くに家を建てて移ってからも、
イシタタキはこの季節になると、どこかそこここで姿をあらわしていて
「きっとあの家族に連なる一族なのだろう」と感慨も多少はあって眺めていました。
新宅になって一度は、棟近辺に営巣したことがあり、ある日青大将がそこに向かっていくのを目撃し、
棒きれでそれを阻止したこともありました。

2013-6-23-2
息子の観察が数日続いた頃、いつものように巣を気にしながら炭窯に行くと、
その日はいつもはどこかにすぐ飛び去ってしまう親鳥が
「チューイチューイ」と、やけに激しく鳴いていました。
見ると、なんと、長さ1メートルほどの青大将が、雛をまさに一羽くわえているところでした。
「こん畜生!!」と思いながら、
棒きれでその場から追い払って、頭を叩き、鉈で頭を落として、崖下に投げました。
急いで巣を見ると、かろうじて2羽が生き残っていました。
夕方帰って来た息子に告げると、かなりがっかりした様子で、
「おれ蛇はほんとにきらいになった!」
家内には「あ~あ、親鳥が可愛そう」とも言ったそうです。
蛇も1匹だけでなかったようで、結局翌日には残りの2羽のひなも食われてしまったのか、
姿が消えていました。
「チューイチューイ」としばらく巣の近くで泣き続ける親鳥が哀れでした。


日々生き死にを目の当たりにし、
いのちの空しさと永遠を感じる日々。
息子の心にはなにが残ったでしょうか。
残らずとも、必ずや生き抜くための糧になるはずだと、
親バカな父親は考えています。

いのちはいのちをいただかないと、いのちを繋いではいけない。
イシタタキも、青大将も、われわれも……。

そしてまた数日、近くで巣立ったばかりであろう、頼りなさげに滑空するイシタタキを見かけました。
蛇になってあのイシタタキの雛は姿を消しましたが、
あのイシタタキ一族が命をつないでいることを確認できた想いで、嬉しくなりました。
2013.03.16 娘の高校受験
20130316-1
早春の朝日射す我が家

我が娘は志望校の前期選抜には不合格でしたが、
同じ学校の後期選抜試験にはお蔭様で無事合格しました。

無事合格できたことはさておいて、
前期選抜試験に落ちた日の娘の姿が大変印象深く、
今回の後期選抜は、私にとっては、大げさに言えばどちらでも大丈夫だという気持ちがありました。

娘は前期選抜試験に不合格でしたが、一緒に受験した同級生2名は合格でした。
さぞかし悔しかったでしょう、落ち込んだに違いありません。
合格発表を一緒に見に行った家内によれば、
気丈にも娘は、合格した二人のことを讃えて、本気になって喜んでいたそうです。


連絡を受けた私は、もともと少し実力以上の試みだったこともあって
「次にがんばればいい」くらいに考えてはいましたが、
どうやって声をかけてやろうかと、仕事をしながら考えていました。
夕方早く、娘と家内が帰宅しました。
娘はいつもと同じように、一服をして、いつものように勉強に向かいました。
家内も私も「今日くらい息抜きしたらいいんじゃないの」と声をかけましたが、
娘はいつもと同じように、むしろ集中力を高めているかのようでした。

落ち込んでいたに違いありません。
悔しかったに違いありません。
心細かったに違いありません。
その姿に私は確信を持ちました。
彼女の生きる力を確信し、胸が熱くなりました。

学歴だけで人生決まるなんて、父も母も考えていないし、
そのような価値観がこの世の困難を増やしているとも考えていますし、
そう親が考えて暮らしていることも、彼女に少なからず届いているとは思います。
しかしながら、娘にとっての一大事ということには変わりありません。


夕食の時間になって、「いただきます」の前に彼女に話をしました。

不合格だったのは残念だったけど、
くさらずにあなたはいつもどおり勉強した。
そのがんばろうとする姿は、たとえ次がどうなろうとも
あなたのこれからの人生できっと役に立つはず。
だから自信を持っていいし、お父さんも誇りに思う。
今回はだめだったけど、自信を持って次に望みなさい。
大丈夫だ、と。

というようなことを、涙をこらえながら、というか少しこぼしながら
私はやっとのことで娘に伝えたのでした。

けっして器用とはいえない娘
むしろ不器用なくらいなものの選び方をする娘
まっすぐすぎるくらいの娘
自分の道を自分でつかみとれ


家内との話の中で、前期選抜で自分が落ちて他の同級生二人が合格した時
なぜ、そんなに素直に娘は喜べたのか、の話になって、
娘は「だって、~~君のあんなにうれしそうな顔、久しぶりに見たから…」
と言ってのけたと聞いて、
手前味噌ながら「いいやつだな~」と
ますます、娘を誇りに思うバカな父親でした。

20130316-2
雪渡りをして散歩をしました。
近くのだんだんの田の朝日による陰影の美しさ。
2012-11-20-2
またまた親バカの子どもの日誌です。
昨日は先週土曜日の学習発表会の振り替え休日で休みの息子と朝の犬の散歩をしました。
朝は、通常スクールバスに乗る場所まで送ってから私一人の散歩なので、
息子と二人の朝の散歩は久しぶりのことでした。
雪がうっすら積もっていたので、息子は大喜び!
「犬は喜び庭駆け回る」ならぬ、息子は大はしゃぎでした。
普段から彼は散歩が大好きです。
せいぜい1キロ弱の、同じコースですが、飽きもせず、いまのところ散歩が大好きでいてくれるので、
それはそれは大変うれしいことです。
彼なりに、季節の移ろいなども感じていてくれていることでしょう。
その中に自分なりの楽しみを見つけているのが伝わってきて、
幸せな時間だなあと、つくづく感じます。
かけがえのない時間だなあとも思います。

2012-11-20-3
水たまりには氷が張っていました。そこを踏んづけて氷を割るのが、楽しみの息子です。
変な言い方ですが、正しく、子どもだなあと思います。

2012-11-20-4
落ち葉模様にうっすら雪がのっていました。

2012-11-20-1
散歩から帰ってくるなり、まずは雪玉づくりに精を出す息子。

2012-11-20-5
雪を集めた跡

2012-11-20-6
雪面にお絵描きの図。
2012-8-19-7

こんな田舎でも、子ども達の間で流行っている遊びは
DS?とかいうテレビゲームやデュエマとかいうカードゲームだったりします。
うちでは、テレビゲームの類は前頭葉破壊装置なので絶対に買わないと、子ども達にいってあるので、
買ってもらえないものだと諦めていて、その分友達のうちでやっていたりするようです。
カードは、せがまれてたまに買ったりしています。

息子を息子の友達宅に送って帰ってきた家内の話によれば
今はやっているのが、同じゲーム機を持っている者同士が複数人で興じる類のもののようだということでした。

息子は誰かのところへ遊びに行きたくなると、電話を自分でかけて「今日遊びに行っていい?」と聞くのが常ですが、
ここのところは、上記の事情によって「大丈夫君は~持ってないからダメ」と断られることが多かったようです。

そんな事情を知らない私は、木工に興じる息子を見て、親バカになっていたわけですが、
彼の胸中は複雑なものがあったわけです。
事情を知ってからは、せめて釘くらいは新品を使わせてやろうと、
自分が子供の頃は曲がった釘をもらって叩いて直して使ったもんだという流儀を捨てさっていたわけでした。
家内も「ここでティータイムをしよう!」と、息子への愛を表現したわけでした。

2012-8-19-1

そんな感慨をよそに、息子の木工は加速加熱し、さらに椅子が増え、
友達から遊びのお誘いの電話がかかってきても
「オレ作るものあるから行けない」と断る息子なのでした。
こんな時、ほんとにいとおしくなります。


お盆明け、名古屋の私の両親の顔を見に帰省しました。
実家の近くには一大リゾート施設があって、
海水プールにとんでもない大きさのスライダーがあるということで、そこへ行くことにしていました。
2012-8-19-6
2012-8-19-5

山にばっかりひっこんでいないで、時には大都会に出て、実際に見て感じて欲しいとの親心でした。
現代文明のある意味行きついた姿、欲望のるつぼとでもいうような世界にも、あえて身を投じることも大事なことだと感じていました。ちょっと大げさですが……??
2012-8-19-2

幾重にも立体的に交差する首都高速を走りながら、都会のビル群やスカイツリーを見ました。
娘「ただの棒だった!」???
とんでもない高さからとんでもない傾斜を疾走するジェットコースターを遠方から眺めました。
私「みてるだけでぞっとする」娘「名古屋ってなんでも大きいね。すごい!」
ヘドロの悪臭の川を見ました。猛烈な暑さの実家の周りは、嗅いだことのない悪臭がありました。
台所の排水管からも臭いましたが、私はこれが妙に懐かしかったりもしました。

芋の子を洗うような状態のプール。大波が味わえるプールもありました。
私「海の波の力はこんなもんじゃないよね」
なんちゃっての経験の空しさ、危うさを感じました。
息子「ぶつかっても誰も謝らないんだよ」と憤慨。
それでも精一杯楽しみました。
どのスライダーも行列になっていて、味わえたのは1種類のみ。それでも20分は並んだでしょうか。
中には2時間待ちなんてのもありました。
息子の結論「リナワールド(近隣の上山の遊園地)の方が、たいしてならばなくていいや」

2012-8-19-3
インターネットで探しておいた道すがらの、有機野菜を使ったバイキング形式のレストランで夕食。
玄米ご飯とおいしい赤だしの味噌汁がありがたかった。

2012-8-19-4
道中携帯していた乳酸菌ジュースが、
帰ったら四角いペットボトルが3リットルタイプ?ってくらいにパンパン丸々に膨れていました。
途中、イレギュラーな通行止めに2か所も遭遇し、
結局家についたのは翌朝でした。くたびれました。

ヘドロの川も海と川で繋がっている。
臭い都会の空気も、ここの空気も繋がっている。
同じ大地の上で、同じ空気の中で、私たちは繋がっている。
事故原発周辺の空気も、このすがすがしい山の空気も繋がっている。
つまりはめぐっている。
いのちはめぐっている。
欲望の街にも、山にも、人は同じように暮らしている。
モノとカネに心奪われた人々も、同じ空気を吸っている。
その心臓を動かしている力は、同じで、
それと宇宙の営みも同じもの。
子ども達よ、たくましくあれ。
反則!?の息子の夏休みの工作です。
あっという間に椅子を作りました。
動画にしました。ご覧ください。

2012-7-28-1
町の事業で実施している短期山村留学の一環で、
昨日は、参加の子ども達を2人ずつ一般住民宅で受け入れる民泊の日でした。
うちにやってきたのは小1と小5の2人の男の子でした。
我が家にやってきた彼らを見ていると、
しみじみ、みんな生まれながらに背負っているものがあるのだなぁと感じたことでした。
それは自分の子供達を見ていても常々感じていることですが、
その小さなからだと心に背負っているものを感じてしまうと、
なんだか、いとおしくてたまらなくなったりもします。


間違いなくそこを選んで生まれてきていて、
それでいて自由。
しかし、間違いなくゆえがあってここにきていて……。
認められたくてしかたなくて、
愛を満たしてやることしかできなくて、
決して親の代りはできなくて……。

クマ出没注意の有線放送が流れる中、
山奥のうちに来てクマの心配ばっかりして、
恐いものを知って、
喧嘩して、仲直りして、
リードなしの犬の散歩で、犬の走る速さに驚いて、
花火して、スイカ食べて、
ユンボに乗せてもらって……。

たくましく生きろ、子ども達。
恐いものをいっぱい経験したらいい。
失敗を沢山したらいい。
たくさん喧嘩したらいい。
たくさん泣いたらいい。
また、いつか遊びに来たらいい。
寂しかったら寂しいと叫んだらいい。
たくさん笑ったらいい。
森の恐さを存分に感じたらいい。

そうして、いのちのダイナミズムを知ることだろう。
自分の中のいのちの声を知るだろう。
そうして、いのちの真実を知るだろう。

2012-7-28-2
子どもたちを帰した後、酷暑の中の炭出しでした。
30度どころでなく、1000度に向き合う仕事です。
2012-6-23-1
今日の彼の収穫はサワガニです。
湿ったところにある廃材をめくってみたら、その下にいたそうです。
拙宅脇には沢がありますが、それは崖下で、その場所にサワガニがいるのが不思議なんですが、
そんなものなのかもしれません。

2012-6-23-2
こちらはカナヘビ。学校の彼の教室でも飼っているようで
(担任の先生は爬虫類が大の苦手らしい!)
早速、石や草、木切れを入れて、おうちを作ったそうです。
カナヘビのことを、ここらでは「カナチョロ」といいます。
そのついでに蛇の青大将もいたようで、少々ビビッていた息子です。

その後もいろんなものをめくってみては、なにか収穫物がないか探す息子でした。

たくさんのいのちに触れあって、生き死にを目の当たりにして、びびったり感動したり、うれしかったりして…
そういったいのちとのダイレクトな体験が必ずや将来役に立つと考えています。

2012-6-23-3
今日の炭出しは少々遅くなりました。
午前中は、PTAの奉仕作業で、小学校のプール清掃だったので、
仕事のスタートが遅くなったわけです。
2012-6-17-3

息子の友達が遊びに来て、なにやら熱中しているなと、
炭焼仕事を終えて覗いてみると、
腐りかけて放置してあった直径50センチくらいの丸太を
細い丸太やハンマーを使って細かく砕き、
その中から、クワガタの成虫と幼虫が出てきて大興奮となったようでした。
幼虫はたくさんみつかったけど、成虫の雄が1匹しかでてこなかったので
なんとか友達の分もと、頑張った息子なのでした。

途中、二人ともオスの成虫にはさみで挟まれて出血したようですが、なんのその、
クワガタさがしに夢中になって、朽木を砕き続ける二人なのでした。

結局、収穫は雄の成虫は1匹のみで、雌も1匹、幼虫多数で、
協議の結果、雄は息子、雌は友達、幼虫はそれぞれということで、二人で山分けしたようです。

2012-6-17-1
破壊された丸太の残骸
2012-3-29-2
子供たちは春休みで日中も家にいるため
仕事で私が山へ行くだんになると
「俺も行く!!」と
ついて来たりします。
運搬車に乗せてもらえたり、木の枝でチャンバラしたり、
いろいろ楽しんでいます。

今日は近所のW君も一緒に山についてきました。
この間の柄材のアオダモの本数が足らず、その柴集めの仕事です。
かんじきをはいて、アオダモを求めて雪原を歩いてふと振り返ると
子ザルたちはツルを利用してターザンで盛り上がっておりました。

危険な作業の場合は、もちろん安全な場所に退避させますが
ほおっておいても自分なりに楽しみを見つけて遊ぶ姿が
なんともまぶしく、雪の照り返しもまぶしく
胸を熱くしたことでした。

彼らなりに働く大人の姿を見ながら、その同じ場で遊ぶということのありがたさに
しみじみとしたことでした。
2011.08.10 父の子育て
2011_8_7_1

私の朝夕の日課になっている犬の散歩には
たいがい息子がついてきます。
散歩好きな息子は、
必ず、剣と彼が呼ぶ木切れを持参し
道ばたの草の先端部分の柔らかい部分を
「トリャァ!」と、その剣で切るなどして
正しくワルサをするのが日常になっています。

その度に私は
「そんなことするとバチ当たるぞ!」と
一応言っておきます。
厳しく制止するわけではありません。

夏休み中の息子は
私が原木の伐採に山に行くのに
ついてくることもしばしばです。

林道では軽トラックの荷台に載っていくのを楽しみにしているようです。
道ばたには様々な花が咲いていて
「お母さんに持ってく」といっては手折ったりしています。
彼は7歳ながら、マイ屶とマイ手鋸を持っていて
というか、クリスマスプレゼント(fromサンタとは別)で買ってやったわけですが、
私が仕事を始めると
いっちょまえに彼も腰に屶と鋸を下げて
離れたところで、なにか削ったり、鋸で切ったりして遊んでいます。
宝物を見つけてくるのが常です。
形のかわったもの、剣の形のもの、鉄砲に似たもの
などを見つけたり、時には削ってその形にしたり
やたらめったら振り回して
屶の切れ具合を確かめたり…
木に絡んだツルにぶら下がってターザンしたり
倒れた木が橋になったようなところを
わざわざ渡り歩いて揺すってみたり…
大変満足気です。

ちょっと危ないなあという場所には
「行くなよ」と言いますし
「気をつけなよ」くらいは言いますが
あとは、時折無茶なことをしていないか
ちらちら見ているくらいなのです。

私も仕事をしにいっているわけで
常に彼を見ているわけではなく
私の知らないところで
痛い目にあっていることもあるようです。
それでも何故か大けがに至ることはないような安心感もあります。

ほぼ1窯分の玉伐りを終え
木をまくって、トラックに積めるところまで集材を終えると
息子がやってきて
「オレ今日バチ当たったかも」と言うので
「どうした」と聞くと
脇腹を少し木でひっかけたのと、頭になにかぶつかったとのことでした。
多少痛いくらいのことはどちらかというと黙っていて
隠蔽工作をするのが彼の常なのですが、
今回は結構痛かったようです。
ぶつけたという箇所を見るとそんなでもないようでした。


散歩の時に草を棒切れで切るのをとがめて
私が「バチ当たるぞ」と言ったのを素直に感じて
そう思ったのでしょう。

あまりに素直なので
「しめしめ」とほくそ笑む反面
急になにかこみ上げてきてしまって
「お父さん、大丈夫(マスラオ)のお父さんで良かった!」とハグしてしまいました。

私が軽トラックに原木を積み始めると
彼は荷締めのためのトラロープを早々と座席の裏から取り出して準備します。
積み終わるのを待ち構えていて
ロープを反対側に渡すのを手伝ってくれたりします。



本当に幸せな父親だなあといつも感じています。
感謝しています。


2011_8_9_6
犬の「大」と「吉」も最近息子の命令に従うようになってきました。


娘の時もそうでしたが
うちではテレビゲームの類いは絶対に買わないと
幼い頃から明言しているので
子ども達は最初から諦めていて
せがんだりはしません。

たまに友達の家に遊びにいって
ゲームに興じることもあるようですが
いじわるな私は
「テレビゲームは頭の中を壊すんだよ」と教えています。
実際に脳の働きを悪くしているということを調べたお医者さんもいますので、
私は時にテレビゲームのことを
「前頭葉破壊装置」と呼んだりしています。


とはいっても
反省するのは痛い目に遭った時だけで
散歩に草を切るための剣を手放せない息子です。

しかしながら
そんなもんでいいことにもしています。

放射能の拡散は続いている模様なので
風向きを気にしながらの散歩です。
帰宅後は乳酸菌スプレーで
喉奥に向けてシュッシュッする日々です。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。