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2012-3-29-2
子供たちは春休みで日中も家にいるため
仕事で私が山へ行くだんになると
「俺も行く!!」と
ついて来たりします。
運搬車に乗せてもらえたり、木の枝でチャンバラしたり、
いろいろ楽しんでいます。

今日は近所のW君も一緒に山についてきました。
この間の柄材のアオダモの本数が足らず、その柴集めの仕事です。
かんじきをはいて、アオダモを求めて雪原を歩いてふと振り返ると
子ザルたちはツルを利用してターザンで盛り上がっておりました。

危険な作業の場合は、もちろん安全な場所に退避させますが
ほおっておいても自分なりに楽しみを見つけて遊ぶ姿が
なんともまぶしく、雪の照り返しもまぶしく
胸を熱くしたことでした。

彼らなりに働く大人の姿を見ながら、その同じ場で遊ぶということのありがたさに
しみじみとしたことでした。
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2012.03.29 灰の回収
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町内の薪ストーブや薪風呂から出る灰に
ある程度の放射能が検出されるということで
町で一括して回収することになり、
その第1回目が今日でした。

緑の袋に入れたのが、薪ストーブの分
赤の袋がウッドボイラー(風呂と給湯)の分です。

こうしてみると、あれだけの量の薪がこれだけにしかならないので
改めて、樹木を燃やした場合の灰への濃縮度がうなづけるわけです。

あれだけの木の命の熱をいただいて、その亡骸がこれだけなわけですから
いのちの大部分は熱なんだなあと、感慨深いものがあります。

回収した灰の処分はいまだ決まっていないとか。

町の回収の方々も、ふくいちで作業している方々と同じ
あの防護服で回収に回っていました。
ご苦労様です。
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夕日を受けた樹木の
雪原に投じた樹影です。

冬の至福の風景のひとつです。

右に見えているのは
我が家の雑排水が流れ込む池ですが、
もうカエルが卵を産んでいます。
2012.03.27 アオダモ
2012-3-27
アオダモです。
東京の知人経由で柄材(石工さんのハンマーの柄)の注文があり
根回りの雪を掘って、手鋸で伐り、運搬車でずり引きして集めました。
柄材なので、それなりの規格があり、あまり太いものはいりません。
規格にあう太さのところを規格の長さに切りそろえ、200本送ります。
もちろん、私もアオ(木を割るときの道具)の柄に使うこともあります。

アオダモといえば、バットの材料が一番有名です。
太いものも、ちょっと奥山に行けばあります。
初夏に白い花が咲きます。
小枝の切り口を水の中に入れると、青い樹液?が出て、インクのようなので
インクの木と言ったりもしたようです。

炭に焼くと、硬いいい炭になります。
2012-3-21
我が家に続く未舗装の町道(拙宅までは約500m)の入り口にある看板です。「能」ではありません。「熊に注意」の看板です。今日は2月のような猛吹雪でしたので、「ムヒ」、もしくはスッポリ埋もれてしまっているかもしれません。

昨日は、「STOP!女川原発3.20アクション」が仙台であり、参加したかったのですが、
自治会の総会があって、しかも議長を急遽頼まれたりして、断るに断れず、欠席するにも欠席できず、
参加は叶いませんでした。
総会は午後1時半に終わったので、Ust中継でアクションの様子を、ちらちら見ながら
パソコン仕事をしていました。

デモ行進後のアピールタイムで、何人かが話しているのを聞きましたが、
正直、聞いていて辛くなるものが多かったです。
「戦いを続けていきます!」とか…、怒っちゃだめだということではないのですが、
全部人のせいにしているような感じが、とても辛くて涙がこぼれました。

若かりし頃、脱原発の動きに混ざるようになって最初に思ったのは
電力会社の電気使っているうちは、運動に本当の力はないなぁということでした。
80年代後半に日比谷公園で開催された1万人行動の集会では、
あの公園の中だけで騒いでいる感じに違和感があって、空虚さを感じて、
当時の通産省前で、うちわ太鼓でお題目をひたすら唱えていた日本山妙法寺の僧の方々に混じって、
「南無妙法蓮華経」と祈りました。

今回の未曾有の事故で、確実に脱原発の動きが大きくなっていると感じますが……。
なにか、そこいらもどっしり受け止めていくくらいの気持ちが必要なのかもしれないとも感じたことでした。
お蔭様で、震災から1年の3・11に我が家で開催の
園子さんのクリスタルボウルの演奏と
じねんの即興舞踏
(じねん舞踏ブログはこちら)

とてもいい日になりました。
深く深く感謝です。
天気にも、雪にも、樹木にも、大地にも、
集まった人々にも、
すべてつながるいのちたちに感謝です。
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園子さんのクリスタルボウル。
体の芯まで響くその音色に涙が出ました。

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お昼前に雪原で軽く体を動かすワークショップ
幼稚園児から60過ぎまでで楽しみました。

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急遽、園子さんのクリスタルボウルも、じねんの小宮さんとコラボしていただくことになり
感激でした。

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舞踏終了後、2時46分に合わせて、
ひとりずつ、「おりん」を鳴らして、黙祷と祈りを捧げました。

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私が焼いた炭もぶら下げて、音を出しました。

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遅くまで残った方々で記念撮影の図。
なぜか白黒になってしまいました。

ほんとうにほんとうに贅沢な集まりでした。
ほんとうにほんとうにご褒美になりました。
2012.03.04 雪掘り?伐採
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今日の炭の原木の伐採の様子です。コナラです。
当然、まずは根回りを掘るわけですが、このくらいの深さがありました。
わざわざ、家までカメラを取りに戻って撮影しました。
たいていは斜面なので、掘った雪を上げるというよりは、斜面の下方に散らばす感じです。
雪は締まっていて、ブロック状にして取りさるために、スコップを縦横下にさして、ブロックの塊ごと下に投げるといった感じです。
この深さなので、ここにたどり着くまでの、運搬車が通る道の整備もなかなかです。
おそらくは、地上高1メートル前後のところを、通っていることになるかもしれません。


5、6本伐採すれば、運搬車1台になります。
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玉伐り(一定の長さに切り分ける作業)完了で、運搬車に積み込み、いざ下山。

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空は早春らしいくっきりとした青で、木々の根回りから雪解けが進みます。

お蔭様で今日もいい炭が出ました。
2012.03.03 若い旅人来訪
tabibitto2012-2
若者が訪ねてくれました。
信州大学の学生さんです。
善光寺近くの元金物屋さんの建物を改装して2階に暮らし、
1階はコミュニティースペースにしているそうです。
写真は、お年頃で写真に写りたくない娘が撮影してくれました。
雑誌「Re:s」に掲載されていたのを見て訪ねてくれたそうです。

彼らのブログ
シンカイボーイズのブログ

少し話をした後、仕事もあったので
原木の伐採に同行してもらいました。
運搬車で窯まで運んで、木割も見ていただきました。

思い起こせば、私も大学卒業間近に、
「もうひとつの日本地図」(野草社:1985)
nihontizu

に掲載されていた近隣の有機農業一家を訪ねたことがありました。
いのちのネットワークと題して全国156か所の、
自然に即した人間社会を願って活動する団体や場を
その場の方々の自己紹介形式で紹介した本です。
わら半紙っぽい紙でできた少し厚めのその本は、
若者がこの本を持って旅することを想定してのつくりでした。

その有機農業農家の方には、このあいだの横浜での脱原発世界会議で
思わぬ再開をして、びっくりでした。
今は議員さんをしているみたいです。

その後この本の続編ともなる
「もうひとつの日本地図」(野草社:1992~93)
には、縁あって私たち夫婦が編集に携わらせていただきました。
奥付に私の名前と家内の旧姓での名前があります。
しかし、アマゾンにはこの後の「もうひとつの日本地図」(野草社:1999~2000)はありますが
(七ヶ宿の白炭で掲載はされています)、
私たちが編集したのは現在ありませんでした。

インターネット時代になって
形は変わっても、
人生に真剣に向き合い
道を求めて旅をする若者がいることが
とてもありがたいことだなあと感じたことでした。
うれしいことだなあと思いました。
また、自分はこんなだったのかなぁと、
懐かしくもあり、お世話になった方々、迷惑かけた方々のお顔が浮かんできたりして…

私の中では、人生の旅は、全然終わっていません。
定住して、家を建てて、子供たちがいても、たとえ孫ができても旅は終わらないと思っています。
2012-3-1-2
ミズキ(ダンゴ)の枝の霧氷です。
小正月のダンゴさしの行事の時に
米粉で作ったダンゴを指すのに使うので
ダンゴの木です。
家の構造材のどこかに使うと
火難除けになるという話も聞きました。
ミズキは水木なので…。

2012-3-1-1
こちらは、コナラの霧氷です。
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