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2012-7-28-1
町の事業で実施している短期山村留学の一環で、
昨日は、参加の子ども達を2人ずつ一般住民宅で受け入れる民泊の日でした。
うちにやってきたのは小1と小5の2人の男の子でした。
我が家にやってきた彼らを見ていると、
しみじみ、みんな生まれながらに背負っているものがあるのだなぁと感じたことでした。
それは自分の子供達を見ていても常々感じていることですが、
その小さなからだと心に背負っているものを感じてしまうと、
なんだか、いとおしくてたまらなくなったりもします。


間違いなくそこを選んで生まれてきていて、
それでいて自由。
しかし、間違いなくゆえがあってここにきていて……。
認められたくてしかたなくて、
愛を満たしてやることしかできなくて、
決して親の代りはできなくて……。

クマ出没注意の有線放送が流れる中、
山奥のうちに来てクマの心配ばっかりして、
恐いものを知って、
喧嘩して、仲直りして、
リードなしの犬の散歩で、犬の走る速さに驚いて、
花火して、スイカ食べて、
ユンボに乗せてもらって……。

たくましく生きろ、子ども達。
恐いものをいっぱい経験したらいい。
失敗を沢山したらいい。
たくさん喧嘩したらいい。
たくさん泣いたらいい。
また、いつか遊びに来たらいい。
寂しかったら寂しいと叫んだらいい。
たくさん笑ったらいい。
森の恐さを存分に感じたらいい。

そうして、いのちのダイナミズムを知ることだろう。
自分の中のいのちの声を知るだろう。
そうして、いのちの真実を知るだろう。

2012-7-28-2
子どもたちを帰した後、酷暑の中の炭出しでした。
30度どころでなく、1000度に向き合う仕事です。
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2012.07.23 窯再稼働!
2012-7-23-1
ここのところ、依頼のあった炭窯づくりに専念(これも仕事です)していましたが、
わが「七ヶ宿の白炭」の在庫も危うくなってきたので、再稼働です。
再稼働といっても、こちらは原子力の火ではなく
原始の、あるいは原初の火です。

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あるいは、縄文の火、
あるいは 真実の火
あるいは 原初の火
あるいは わたくしのいのちの火
あるいは 木のいのちの火
そして、これは断じて原子力の火ではない
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窯口から炎が中に入り切れずに噴き出しています。
このくらい温度が上がれば、出力100%です?(わけのわからない比喩!)
炭化開始で、消えることもありません。

2012-7-23-2
玄関前のみずたまりに
モリアオガエルのオタマジャクシがいます。
水たまりの上にかぶさるように、ちょうどダンゴの木の枝があり、
毎年そこに卵を産み付けます。
孵化すると、ポトンと落ちて、水たまりに無事着水となるわけです。
しかし、いつか干上がります。
なので、昨年同様、池の方にお移りいただかなくてはなりません。
2012-7-12-2
教育委員の研修で山形市で半日お勉強のあと、
山形県立博物館に立ち寄りました。

2012-7-12-6
本物は撮影禁止だったので、休憩スペースにあったレプリカを撮りました。
山形で発掘された土偶で、国宝になったそうです。
「縄文の女神」と呼ばれているそうです。
完璧なフォルムに思わずうなってしまいました。
私としては、どこか宇宙人的なものも感じるのですが……。

縄文時代は人と人が争った形跡がない時代です。
弥生になって米などを大量に備蓄するようになって、
集落に敵を想定した堀ができたりしているようです。
それゆえに、その精神性ゆえに
私の中ではどこかあこがれの時代の感もあります。

他にも、私好みのものがたくさんあって楽しいひと時でした。

2012-7-12-7
炭焼でも使う「ミッケ」。上のタイプなら私も作れます。
うちの木の浴槽を制作していただいた桶正の友人は
これの収集家で、桶屋の彼の工房に行くと
なぜか全国各地の「箕」が飾ってあります。

2012-7-12-1
篠竹で作った橇!!!いつか作ってみたいな!
2012-7-12-3
左が「どずるす(土臼)」と右の「きずるす(木臼)」、もみすりのための臼です。
大昔岐阜の田舎で暮らしていた時、隣の集落にこのどずるすを作る爺ちゃんがいたことがあり、いつか教わりたいなんて、当時思ったことがありました。確か塩で粘土を締めながら叩いて、摩擦する箇所にはカシの歯を付けたはずです。
2012-7-12-4
蓆機(むしろばた)。これも同じく岐阜の田舎時代、この道具を譲り受けて、蓆を織り、ぼろきれを裂いた布でオオサンショウウオを刺繍のようにして編みこみ、タペストリーを作ったことがあります。その時の道具まだ保管しています。

2012-7-12-5
ヒカゲノカズラは拙宅回りにも自生しているところがたくさんあります。
この化石はなんと2億9千万年前のものだそうで、そんな昔からある植物なんだと驚きました。
そして、これは天照大神が天の岩戸にお隠れになって、なんとか岩戸を開けさせようと、
岩戸の前でアメノウズメノミコトが裸踊りをしたわけですが、その時唯一身にまとっていたのが、このヒカゲノカズラであり、言い換えれば太陽信仰のシンボルのひとつであります。
そのうんちくから、クリスマスも元々は冬至が開けるという太陽信仰なので、
炭の飾り物のクリスマスバージョンに、これをあしらった炭の飾り物を販売したことがあります。
hikagenokazura
2012-7-11-1
今日の昼食は、パスタでした。
トマトを瓶に積めて乳酸菌発酵させていたものに
フレッシュトマト、塩麹、ガーリック、オリーブオイル、バジルを合えた冷スパで
ソースは加熱調理していないそうです。
うまかった。

家内の乳酸菌料理は日々進化していて、実に楽しそうです。

以下、家内のツイートから引用
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乳酸菌はほんとに私たちの周りにあふれている。今まで知らずに腐ったのかも!と思って捨てていたものが、実は乳酸菌発酵していた事に気づく。世界はほんとに調和で満ちている。私たちが気づくセンサーをなくしていただけ。どんどん勘を研ぎ澄まして、耳を澄まして。

2012-7-11-2
先週末みんなと仕込んだプリン石鹸。
材料が残ってたので2セットまとめて仕込んだそうです。
2012-7-8-1
3.11の原発事故をきっかけに、ご縁のできた仙南地区の仲間の有志で
プリン石鹸作りレシピはこちらを我が家で開催しました。
我が家の家族猫の故ミーを埋葬した場所にネムノキを植えたことを、
ブログで読んでいただいて知っていたので、
まずは、皆そのネムノキのところでお祈りをしてくださいました。
ありがとう!!!
2012-7-8-2
そして、いよいよプリン石鹸作り。
プリンのようにプルンプルンの石鹸になるので、こう呼ばれています。
合成洗剤はいのちに困ったことを招くのと、七ヶ宿は水源の町でもあるので、
水守人の会の活動で、普及に努めていたりします。我が家は七ヶ宿へ来てから、洗濯でも台所でも風呂でも合成洗剤は使ったことありません。
なにより泡立ちよく、泡切れもいいし、当然手荒れしません。
我が家でもしも合成洗剤を使ったら、雑排水が流れていく池に生息するカエルなどの小動物、昆虫は、おそらく死んでしまうでしょう。そのくらい合成洗剤はこわいのです。
正しくは合成洗剤は合成界面活性剤といいます。界面とは細胞膜などのことで、そこを活性する、つまり破壊して、ものの行き来を簡単にできるようにするというものです。
だから、手荒れはするし、水槽に放った魚はほんの数滴の合成洗剤で数分でエラの細胞を破壊され呼吸できなくなって死んでしまいます。
2012-7-8-3

昼からは、兵庫県臨床心理士学会会長でてとてとのメンタルアドバイザーでもある羽下先生一行と、この度「核のない未来賞」を受賞した振津かつみさん(遺伝学放射線基礎医学)らが合流して、健康相談などもかねた交流会になりました。
2012-7-8-4

お母さんたちが話をしている間、子どもたちは外でしっかり遊んでいました。
息子が作った隠れ家(隠れてないから隠れ家とは言えない?!!)も、随分改築が進んだ模様。
2012-7-8-5
ちょうどりんご野(被災された方々や原発周辺にお住まいの方々へのりんご。りんごジュースを配布する活動をしています)さんから、りんごジュースが届いていたので、参加のみんなでシェアしました。ありがたいことです。


この日も静かに稼働していた炭窯は、翌日無事炭出しとなりました。
いつか、あの子たちにも生で見てもらえる日がくるといいな。
2012-7-8-6
2012-7-7-1
ミーが帰幽して1週間、
遺体を埋葬した場所の脇に
ネムの木を植えました。

うちでは、家族だった犬猫を埋葬したり、木の根元に埋めたりしてきました。
犬のサム君は栃の木、奥さんだった雌犬のハナちゃんはドウダンツツジの根元に眠っています。
他にも、姪っ子宅のモモちゃんは、花桃の根元にということで、
春に仙台から、拙宅の敷地内にお骨と花桃の木と共にやってきました。

ミーが帰幽した時、どこにどんな木で埋葬しようかと考えた時に
家内には「ネムノキ」が浮かんだとのことで
ネムノキの苗木をネットで注文し、植樹となりました。

2012-7-7-2
赤丸がミーのネム、中央の大きいのがサムの栃、右隣がハナのドウダンツツジ
2012-7-6-2
今日も金曜日ということで、官邸前デモがあったわけですが、
金曜夜は太鼓の練習が通常はあります。
山中七ヶ宿太鼓保存会源流といいます。
18年前、七ヶ宿に移住してしばらくしてから、
地元の壮年の方々が昭和63年に設立した(往時は新宿西口で演奏したそうな)太鼓グループに混ぜてもらい、
いつしか、爺ちゃんたちは引退し、私が代表者ということになり、
町内外の仲間が加わったり、いろいろで、現在に至っています。

最近は自分たちで曲なんかも作ったりしています。
町内のブナ平という地名の、昔ブナの大木ばかりあったといわれる場所があり、
「ブナ平冬」というのがまず出来て、
そこにメンバーでのぼり、曲想を練って、
そこから派生して、「ブナ平春」「ブナ平夏」「ブナ平秋」と曲ができ、
組曲としてほぼ完成したところです。

50が近くなった身としては、結構ハードなのですが、
太鼓の前に立つと、疲れたという感じもどこかへ飛んでしまいます。
心地よい疲労感です。


今日は集まりがよくなかったので、仲間のたけちゃんと半分アドリブで、
「峠の鷹」という曲の編曲をアドリブで試してみました。
デモに参加してるつもりで叩いていました。

2012-7-6-1
日中は、伐採、搬出、炭出し、立て込み、袋詰めと、
通常は1日半~2日分の仕事を一気にこなしたので疲れました。
袋詰め終了後は、汗をかいていたこともあって、
白いtシャツ、ズボン、顔がこの通りです。

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