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20140927-1
秋の空気に浸ったせいか、散歩ついでに栗拾いをしていたら
「真実の栗の実」という言葉がやってきたので、
秋らしく、詩、のようなものを。

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今朝の散歩では23個
今夕の散歩では18個
栗の実拾い、真実の栗の実
拾ってる先から、ぼたりぼたりと
黄金の茶色、青さ残る栗のいが

いがを足で むくようにして踏んづけ、
顔を出す光る栗、心満たす茶の黄金
すぐに茹でて、家族のおやつ
「こんなにうまいものはない」
深く深く、真実の味わい

私が生まれてきた山から、そしていずれ還ってゆく山から
真実がひとつ、またひとつ
私は栗、栗は私、真実の巡り

人の世で争いは尽きないが
身の回りで悲しみや寂しさは尽きないが
どうなっても、どうあっても
私が還る、私を確かめる
真実の栗の実

こんなにも困難な時代だが、
そんなにも狂気の欲望渦巻く世の中だが、

ここには
真実の栗の実
またひとつ真実の落ちるこの山の道

私のありかを見定める
私が立っている場所を確かめる
私のゆく場所を確信する

真実の栗の実
悲しみの真実の実
ありがたさの真実の実

どこにもないようでいて
ここそこにある真実
すべては幻で それもまた真実
真実の栗の実 またひとつ


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20140914-2
もう何回目でしょうか。
息子の基地づくりが始まりました。
10歳前後の男の子にとって、
基地づくりという行為は、精神発達上、大変重要なことだと聞いたことがあります。
私も何回か、やった記憶があります。

うちには風呂焚き用にと、もらっておいた木製のパレットや廃材があったりするので、
材料には不自由しません。
3歳の誕生日に小さい鉈をわたしてありますし、6歳の時には小さいノコギリを贈ってあります。
すでにマイ鉈、マイノコがあるわけです。その鉈づかいはなかなかのものです。
けがはまずしません。

面と面を釘で打ち付けていく建築方式のものですが、
一段落すると、「お父さん、葉っぱついた枝とかない?」と言うので、
炭窯の近くにあった栗の枝葉を彼の希望する分、鉈で落としてあげました。
すると、始まったのが、上の画像です。
どうするのかと見ていたら、壁にその枝葉をさらに細かくして、覆い始めたのでした。
これは、いかにも昔の炭焼の居小屋の風貌です。
本式には、笹の葉で、屋根から壁から葺くのですが…。
教えずとも、彼がそのようにしたことに深く感じ入りました。
そして、この子の父親でほんとによかったなあと、思わず泣けてきてしまいました。

その後、彼が欲する材料があって、道具を格納してある小屋にいったら、
私が20過ぎの頃購入して、その後ほったらかしで、激しく錆びた細身の鉈が目に入りました。
こみ上げてきた想いも手伝って、今度はそれを彼に渡すことにしました。
グラインダーであらまし錆を落とし、砥石で研ぎ、鉈ざやも急遽こしらえてあげました。
彼が大満足だったのは言うまでもありません。

その後作業をこっそり見ていると、ほぼ完成したと思われる頃になって、
丸太を台にして、木切れや草を、新たに贈られた鉈で、
その切れ味を確かめるように、とんとん刻み始めました。
どんだけ切れるか、どのように切れるか、正しく男の子をしているなあと、ほくそ笑みました。
なにか、大事なものをひとつ、しっかりと彼に伝えられたような気がした夕方でした。

20140914-1
こちらは、久しぶりに原木の伐採現場についてきて、
腰にさげた小鉈で、枝の先を尖らせることに興じている様子です。
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