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2013-05-08-1
ようやく咲いた山桜

ぎっくり腰を4月半ばにしてしまって回復したかと思いきや、またぶり返したり、腰をかばって膝が痛くなったりで、パソコンにまともに向かえない日がしばらく続きました。
炭もほとんど焼けず、在庫もなくなり、注文を待っていただいているお得意さん、お客さんに迷惑をかけっぱなしです。誠に申し訳ありません。
いつも懇意にしている気功治療の先生に電話をして遠隔治療を施してもらっていましたが、私が性懲りもなく貧乏根性を発揮して、少し無理をして動いてしまって、いうことをきかない状態のこともあったりで、少し回復に時間がかかっていました。苦しむ私の姿に家内がたまりかねて、以前娘も診てもらったことのあるりふ接骨院に、長距離を飛ばして診察していただきに行きました。お蔭様で、痛みもやわらぎ、と同時に深く考えさせられたことが多々あったので、久しぶりにパソコンにじっくり向かい、自分の覚書にもと、書き記しています。
ある程度、予想はしていたものの、私のからだは悲鳴を上げている状態だったようです。「限界を超えていましたね」と接骨院の先生に言われたほどです。我慢に我慢を重ね、身体が猛烈にこわばり、動けた腰に負担が一挙にのしかかったということでした。1時間半も時間をかけてもみほぐしていただきました。こわばりが強烈な分、ほぐす施術は悲鳴ものの痛みでした!

帰りの車中で、このことを発端に自分自身のこれまでの生き方、仕事の仕方、これからの心のもちようなどについて、長々と家内と話をしました。

身体がこわばるということは、心もこわばっている…、心身一如…、しなやかでない身体にはしなやかな心が宿らない…、身体が硬いということは、心も硬い、頑なだということ…、いろいろこれまでの自分自身を思い起こしてみると、思い当たることばかりでした。硬いのは強さではなくて、実は脆さ、建築でいえばしなやかに動けたつくり(日本の伝統構法)のほうが、強い地震にも対応できる、がっちり固めた建築は、ある程度の強さには強いかもしれないが、ある程度以上は大変脆い…。柔らかいからこその強さ、柔よく剛を制す…。
おそらくは、心が先でも体が先でもなく…、心身一如、不可分なもの……。

ある程度うまく身体を使えるようになったと思っていた木割の時のからだのさばき方も、実は全体を固めて強くしていただけのことかもしれない…、できたと思う驕り、そこからくる傲慢さ、その傲慢が導く鈍感さ、だからからだの悲鳴を聞くことができない…、いのちを語りながら、いのちを信じていない高慢さ……、

反省しきりともいえますが、妙に晴々した感もあり、です。反省しきりだけとなると、ある意味、それはこれまでの頑なさと同じ有り様かもしれません、そう思えただけでも丸かな…。

こんな状態とシンクロするように、「エゴスキュー」という体のほぐし方との出会いもありました。腰をかばって膝に痛みが出始めた数日前、家内の実妹の結婚のお祝いの宴席で、ご無沙汰していた義理の叔父(現代の名工に選ばれている南部杜氏)と御一緒し、2次会の席でこの体操のことを教えて頂く機会に恵まれました。義叔父は80ですがまだまだ現役の杜氏さんで、酒の仕込みに千葉に赴く際は現在も7時間自分で車を運転していっているそうです。

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(2008/03/01)
ピート・エゴスキュー

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まだ参考書を購入して読み始めたばかりですが、ざっくり言えば筋肉に本来の正しい動きを思い出させることで骨や関節のゆがみを直すということのようです。
炭焼できるまで復調はまだまだしていませんが、なにか少し先に明るいものが見えたような気がしています。

私にとっては、これまでもそしてこれからもおそらくご縁は続く気功治療も、今回の接骨院も、エゴスキューも、全部丸だと思えるし、相矛盾するものとも思えません。
ある意味、退化させられ、騙され続け、汚染され続け、自ら汚染し続け、どんどんどんどん、いのちが弱っていく感ますます強き、私たち人類の有り様ですが、すべて同じいのちで、やっぱりすべて丸であって、どんなに曇っても曇らされても、そこにこそ光はあるような気がしてなりません。

2013-05-08-2
いきなりほぐすと逆に腫れあがるということで、若干ゆるめにほぐしていただき、炎症取り湿布。
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