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2014.05.11 母の日に
母の日、くるみラジオフェスに出かけました。
たくさんのご縁をいただき、大変楽しい時間を過ごすことができました。

今日お会いすることのできた「森と風のがっこう」の吉成さんは
宮沢賢治さんが大好きということで、賢治は法華信者でもあり、
そこから、連想されたのかなんなのか、
出かけた話とは関係ないですが、
母の日ということで
むか〜〜し、サイトにアップしていた
母宛に書いた詩(詩を書いたのは1989年)の記事(記事を書いたのは2002年)が出てきましたので、再掲します。
詩を書いたのは、私がたった1年で教員を辞めた翌年で、半分勘当されていた時のことです。
読み返してみると、
奇しくも、現在妻が数えで46なわけで、その年と同じ母に送ったことになり、
そう考えると、なんとも時の流れの早さを感じたりします。

以下コピペーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
02/02/10夜 創価学会員のSさんが、こんどは奥さんと隣の白石市の学会員さんを伴って再訪問。ひとしきり、それぞれの学会入信の成りゆきやお題目を唱えるといかに素晴らしい力が出てくるなどをお聞きした後、私なりに、はっきりと入る気は全く無いことをお伝えする。話も佳境に入った頃、Sさんの奥さんに「批判されてしまったけれども……」と言われてしまった。こちらは、批判するつもりなどは全く無く、できるだけ相手を傷つけないようにと配慮して話したつもりが、「批判」にとられてしまって、「そういうふうに感じさせてしまったのは私の未熟さですね」と応えておいた。こころの中にいかに「和」を持って応じられるか、よい修行である。批判と事実は混同されやすいということはあるが、認識の違いをはっきり聞き取ろうと、話しに集中していた力が、相手に刺さるように行ってしまったのかなと、少し反省する。
それにしても、今回のお話で、つくづく日蓮さんの強さ、激しさを感じたことだった。創価学会の活動にしても、それに入信している方にしても、不惜身命で、勇猛果敢に法華経による世直しを願った日蓮のすさまじさを感じずにはおられない。その日蓮さんの持つエネルギーは、脈々と現代まで、なんらかの形で人々に働きかけているということを、今さらながらに感じたことだった。

不思議と記憶が全くないのだが、私は2歳と3歳の時に2回、腸重積という病を患い、何件か病院をたらい回しにされたということがあり、その時に母は藁をもつかむような気持ちで創価学会に入信したという経緯があり、そんなわけで、子どもの頃から、母が唱える「南妙法蓮華経」をまるで音楽を聞くように耳にしていた。私が教師を辞めた直後、そんな母に送った拙い詩を転記することにする。

母のうた
あなたは 朝に夕に 南無妙法蓮華経と繰り返す
仏壇の前に正座して 手には数珠をかけ 合掌 眼をあつくして
疲れきったその声で かすれがすれの祈りの声で
それはあなたの子であるわたくしが 幼い頃に腸を患った時以来
毎日毎日 究極の祈りの声で
あなたは 南無妙法蓮華経と繰り返す
朝には家族の無事を祈り 夕には生かされてあることに感謝して
かつてわたくしは あなたの思い通りに生きているわけではないといって
あなたを泣かせたことが幾度かあった
しかし わたくしが生きていくのは 金のためでも 安定した暮らしのためでも
世間体のためでも あなたのためでさえもなく
わたくしがわたくしであるために 生きていくのだということを
すでに知ってしまったわたくしは ただ涙を流すしかなかった
そんなわたくしを おそらくあなたは 南無妙法蓮華経と繰り返しながら 憎みもしたろう
だからこそわたくしも あなたの涙に 南無妙法蓮華経と繰り返す
あなたのひびわれた親指に あなたの青白いふくらはぎに あなたのやつれた背中に
あなたの究極の祈りの声に 南無妙法蓮華経と繰り返す
母の46度目の誕生日に(1989/11/22)
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